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名古屋高等裁判所 昭和39年(ネ)337号 判決 1965年9月30日

控訴人(原告)

伊藤薫

代理人

本山亨

外二名

被控訴人(被告)

近藤貢

代理人

大脇松太郎

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金五三九万二、九〇〇円およびこれに対する昭和三八年一月二〇日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決をもとめた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および書証の認否≪省略≫

理由

昭和三七年六月頃、控訴人と被控訴人の間で、前者を買主、後者を売主として、原判決添付目録(以下目録と略称する)(一)(二)(三)記載の山林につき代金一、一二〇万円(坪当り一、四〇〇円)で売買契約が締結され、控訴人において右代金を支払い、その頃右目的物の引渡がなされたことは当事者間に争いがない。

そして、右目録(一)記載の山林につき売買契約当時保安林指定の予定通知がなされていたにもかかわらず、被控訴人はこれを控訴人に告知することなく、本件売買契約を締結した事実もまた当事者間に争いがない。

しかして、右認定のごとく売買の目的山林が保安林予定森林であるときは、一般の山林にくらべ交換価値ないし使用価値が劣ることは経験則上明らかなところであり、山林が保安林予定森林であるかどうかは一般に表見しておらず通常人の注意を用いても発見し得ないところと考えられるから、右目録(一)記載の山林も民法第五七〇条にいわゆる売買の目的物に隠れた瑕疵のあるときに当るものといわねばならない。

被控訴人は右のごとき隠れた瑕疵のある事実を買主である控訴人も知つていた旨抗争しているが、右抗弁は採用できない。その理由については原判決三枚目の裏八行目から四枚目表の四行目「証拠はない」とある部分までの原判決「理由」記載を引用する。

してみると、被控訴人は本件売買の目的物たる目録(一)記載の山林に右認定のごとき隠れた瑕疵のあつたことによる担保責任を負担しなければならないこと明らかである。

そこで進んで控訴人の主張する損害賠償請求の当否について判断する。

そもそも特定物の売主の瑕疵担保責任は、売買の目的物に原始的な瑕疵が存在するため、売買契約が、その給付不能の範囲において無効である(従つて法律上不履行の問題の生ずる余地がない)ことを前提とする法定。無過失責任であるから、契約の有効であることを前提とする債務不履行による損害賠償責任の場合とは異なり、その損害賠償の範囲は、契約が完全に履行された場合に相手方が得たであろう利益(いわゆる履行利益)には及ばず、相手方が瑕疵のないものについて売買契約が完全に成立したと信頼したために蒙つた損害(いわゆる信頼利益)にかぎると解するのが相当であるが、この場合その信頼による特別事情から生じた損害については民法第四一六条第二項を準用して然るべきものと考える。すなわち右信頼利益のうち通常生ずべき損害として考えるものは、買主が負担した代金額から売買契約当時における瑕疵ある目的物の客観的取引価格を控除した残額であり、通常はこれを賠償することをもつて足ることになろう。しかし右以外の損害でも、買主が瑕疵を知らなかつたことに因る損害は、信頼利益に属するから、相当因果関係の認められるかぎり、特別事情による損害として売主においてこれを予見しまたは予見しえた場合には、買主においてその賠償を請求できるものというべきである。

以上の見解に基いて、控訴人が請求する損害賠償の内容について検討することにする。

先ず、原判決「事実」欄三の1の後段、別紙第二の二の(4)、同第三の二の(1)、の各損害額に関する主張はいずれもいわゆる履行利益に属するものの賠償を求めるものであるから失当であること明らかである。

次に、原判決事実摘示欄三の1の前段の主張ならびに別紙第二の二の(3)の主張につき考察するに、右はいずれも信頼利益に属する通常生ずべき損害額の主張と解せられるが、当審鑑定人柘植鉦太郎および原審鑑定人近藤新太郎の各鑑定の結果によれば、本件売買契約締結当時における目録(一)の山林の保安林予定森林としての客観的取引価格(適正取引価格)が一坪当り金一、四〇〇円であることが認められ(右認定に反する原審鑑定人野々山清次の鑑定結果は、前記各鑑定人の鑑定結果と対比するときにわかに措信できない)、一方、買主である控訴人の負担した売買代金額が一坪当り金一、四〇〇円であることは当事者間に争いがない。

してみると、控訴人が前記瑕疵のある目録(一)の山林の客観的取引価格を超えて支払つた金額は皆無であり、この点においては、本件売買により控訴人はなんらの損害も蒙つていなかつたことが計数上明らかであるから、控訴人の右各主張はいずれも理由がない。(控訴人の別紙第二の二の(3)の主張における計算関係は全く不可解である)。

しかして、右に判断した以外の控訴人の損害額に関する主張はいずれも前段説明の信頼利益に属する特別事情による損害の賠償を求めるものと解すべきであるが、控訴人の本件山林買受の目的が宅地造成を行うことにあるという特別事情を被控訴人が予見しまたは予見しえたことについてはその主張立証がないから(この点に関する原審における控訴人本人の供述ははなはだ曖昧であつて採用に値しない)控訴人の右主張は理由がない。

よつて控訴人の本件損害賠償の請求は全部失当として棄却すべきである。

以上の次第で、叙上と趣旨を同じくする原判決は結局相当で本件控訴は失当であるからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(成田薫 神谷敏夫 辻下文雄)

控訴人の主張≪省略≫

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